建築 / ロンドン

2008.12.26

ユーロスターでパリからロンドンに移動。
ロンドンはボクシングデーという日で、店や博物館はほとんど閉まっていた。
なんともタイミングの悪い時に来てしまったものだ。
とりあえずはホテルでチェックインをすませ、夕食のためチャイナタウンへ。
さすがに、チャイナタウンはボクシングデーとは無縁なようでどこもオープンしていた。


2008.12.27

デヴィッド・アジャイ(David Adjaye)の事を初めて知ったのはいつの頃だっただろうか。
IDEA STORE が出来た頃だった気がする。
初めて見た彼の作品がIDEA STOREだったのだが、いかにも商業的なその外観に全然興味を覚えず、その後年数が経つにつれてアジャイの名をよく耳にするも、何故それ程話題になるのだろうと不思議に思っていた。
その後、DETAIL JAPANだったか、確かアジャイに対するインタビューがあって,その内容には好感が持てたと記憶している(日本に置いてきてしまったので、内容を確認する事はできないが。)。
ただアジャイについてはその後も積極的に調べる事もなく、自分の中ではコンテクストを重視するミニマル建築家というくくりをしてしまっていた。
そこで、その二つをいかに結び付けているのかという事に言及してこなかったのは良くなかった。
そんな事を最近ふと思ったのと、またここ最近ロンドンの若手の動向が気になったので、その筆頭ともいえるアジャイ巡礼をしようと決めたのだった。

そんな訳で、この日は朝からアジャイの建物を見て回る。
Old street で下車し、徒歩でRivington Placeへ。

Rivington Place

年末休暇のため、残念ながら外観のみとなってしまったが、南面と東面のファサードについては、開口部の大きさが高さ方向にはその高さを、奥行き方向にはその幅をグラデーション的に変えている。
その形式が強く主張していくのかと思えば、のこぎり型の屋根との間でうまくバランスがとれている。
南面・東面に対する北面・西面の壁面の表情の切り替えについては若干の違和感を覚える。
外観の黒はロンドンの街に置かれると自然で、メーソンリー的な表情をメーソンリーを思わせない方法で組み合わせる表現も面白い。

その後、その足でDirty houseへ向う。徒歩5分〜10分といったところ。

dirty house

これは文句なしに良かった。単にそれがミニマルな表現なのかと問われればそれも違う気がする。 Rivington Place同様黒いオブジェクトは決して周囲の環境から疎外されるようなものでもなく、一方で周囲に埋没する訳でもない。
逆にその存在がその場所の性質まで変えてしまうようなある種の強度をもった雰囲気を漂わせている。
審美的とでも言うのだろうか。
そしてその強度が、黒く塗られたレンガの素材感、色彩、あるいは街路を映し出す鏡面ガラス、そしてそれを同面に納める細部に及ぶデザイン等によって保たれているのであれば、先述の「その二つをいかに結び付けるか」という事の一つの解答にもなっている気がする。

順序が前後するが、この日の最後にもう一つ、(初めて雑誌で見た)IDEA STOREを訪れた。

Idea store

White chapelという駅で下車するのだが、そこは駅から降りるとロンドンの中心地区とは少し異なった雰囲気を醸し出していた。
歩くのは大方中東系?の人で、身なり的にもあまり裕福とは言えそうもない人が多い。
そうした地区に位置するIDEA STOREは低所得者層の為の市民センターといった印象だったが、利用者は多く賑わった施設だった。(後々に聞いた話では、この辺りは低所得者層とアーティスト系の人達が集まる地区の境目らしく、治安も決してそれほど悪くはないのだとか。)
一階は外周よりもセットバックしており、建物側に人の流れを引き付けている。
エスカレーター(動いていなかったが)が前面道路側に道路に並行するように設置されていたのも、この流れを自然に建物の中に引き込む意図なのかもしれない。
一階はガラス張りで、アプローチも複数の方向から出来るため、こうした人の流れに対して施設は「開かれた」印象を与えている。
コアを中心に外周部に滞留スペースを配置する平面構成に新しさはないが、外に向かって本を読んだりしている利用者の姿は印象的だった。
外観は周囲の雑然とした街並みの中で異彩を放ってはいるが、その事で地域の様相を変えると言うのであれば、郊外に立つ大型商業施設だって同じ事が言える。
何をいかにどのように変えていくかが重要なのであるが、この外観からはその意志を感じ取ることは出来なかった。
今回の3つの建物に関しては、事前知識を得ないままに見た。
IDEA STOREに関しても、もう少し彼なりの深い考えがあったのかもしれないが、DIRTY HOUSE等を見る限り、そうした事前知識がなくても建築単体としての力を発揮していても良かった気がする。
ただ、総じて言えば彼の建築は独特の魅力を放っており、またコンテクストを重視していると言いながらも決して現在主義のスタンスをとっているのではなく、その先にある種の理想を見据えて建築に向き合っている建築家なのだ感じた。

アジャイ巡礼の後は、Sir John Soane’s Museum と Tony Fretton のlisson gallary を予定していたが閉まっていた。
事前にインターネットで調べていったのだが、年末休暇に入っているとは誤算。
直接電話で確かめるべきだった。

その後、肩を落としながらエコノミストビルへ。

economist

一階には隈研吾設計の日本食レストランが入っているが、敷居が高そうだったのでガラス越しに見るだけに止めておく。
エコノミストビルは、4棟の建物が通り抜け可能なオープンスペースを取り囲むように建っていて、4棟のうちの一つは既存の建物。
オープンスペースが道路レベルから数段あがったところにつくられていた事から、スミッソン夫妻が提唱していた「通過交通から疎外されない空間を都市に点在させる」という意志をそこに感じる。
それにしてもこのオープンスペースは不思議な感じがした。
特に建物が隙間なく連続するヨーロッパにおいては、街の中のオープンスペースは、場所の間隔を強く意識する空間として捉えられるのかもしれない。
エコノミストビルのような構成は、一敷地に一建物が原則の日本ではあり得ないのかも知れないが。

夜はロンドンにいる知り合いが働いている日本食レストランにお邪魔する。
久々の日本食。普通海外に来たらその国ならではのものと思うのかもしれないが、今は海外に住む身なのでたまには日本食が食べたくなる。
久々の鉄板焼きと寿司は最高だった。
その後はパブでギネス(イギリスらしく)。


2008.12.28

待望のテートモダン美術館へ。
担当プロジェクトなので、出来るだけ早く訪れてみたかった。
ひいき目を抜きにして、Turbin hallは素直にいい空間だと言える。
あまり多くを語らないH&deMだが、そこにあったものと加えられたものの対話は誰しもが感じ得ることができるだろう。
色々と書きたいところだが、書くとテート増築の内容にまで話を触れてしまいそうなので、多くを語るのはもう少し客観的な立場でみる事ができてからという事で。
あしからず。

その後はBethnal Greenへ行き、Caruso St. Johnの子ども博物館へ。

子ども博物館

外観とは対照的に、構造体がすごく繊細で軽さを感じさせる。
柱は鋳鉄だろうか。
後で触れる事になるが、今回パリで訪問を予定しているアンリ・ラブルーストの図書館を思い出す。
テート同様、この建物も改修されてできた建物だ。
思えば、ロンドンには改修の建物が多い。
パリは古き良き街並みを極力保存していこうという考えで現在の都市計画がされている印象をうけるが、ロンドンについては古い街並みに新しいものを付加しながらいかに街並みを存続させていくかという考えが強い印象を受ける。
そうしたロンドンにおいては、既存にあるものと新しく加えられるものの関係を捉える事で建築を位置づけていくアプローチは自然であるし、それは新築・改修のどちらの場合にも言える。
今回のロンドン訪問は、スミッソン夫妻からの現代の若手建築家へと至る潮流を見ていくことが主たる目的であったが、そうした潮流はまさにこうしたバックグラウンドがあるからこそ生まれたのかもしれない。

その後、Green park の駅近くのThe Wolseleyでアフターヌーンティ。
The Wolseleyは同じチームの人から勧められた老舗のレストランで、スタッフの紳士的な態度も気持ち良かった。


2008.12.29

ロンドン最終日。
RIBAで本を購入しようかと思ったが、例にもれず閉まっていた。
本屋を探し回るも、品揃えのいいところも見つからず、ロンドンの旅終了。
準備不足を心底反省。
その後、再びユーロスターでパリへ戻る。
いろいろとやり残したことがあるロンドン。
またぜひ行きたい。
今度は暖かい時期に。
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